駒飼宿~新選組宿泊~|山梨県|新選組ゆかりの地

駒飼本陣跡 新選組ゆかりの地
駒飼本陣跡

 慶応四年三月一日(1868年3月24日)新選組改め甲陽鎮撫隊は甲府城へ向けて出陣する。

甲州街道を通り3日目に山梨に入りこの駒飼に宿泊している。

新選組と駒飼宿

三月一日(1868年3月24日)に江戸を出発した甲陽鎮撫隊の初日は内藤新宿に宿泊


三月二日(3月25日)は日の宿を通過して八王子に宿陣する。

三月三日(3月26日) 与瀬に宿泊

三月四日(3月27日) 駒飼に宿泊し新政府軍の動向を探る。

駒飼から目的の甲府城までは約22km。

いよいよというところである。

さて、本隊が出陣する前の二月二十七日に先触れとして大石鍬次郎らが甲府城へ派遣されている。

その大石鍬次郎が三月四日に中村半兵衛を連れて近藤勇に会いに来たという話がある。

おそらく新政府軍の動向を報告しに来たのではなかろうか。

名主宅に滞在していた近藤に会おうとやってきた大石はうっかり腰に差した刀を外すのを忘れていて、名主から「御提げ刀御差置き、御体面しかるべきか」と刀を置くよう注意され赤面したというエピソードが残っている[聞きがき新選組]

本隊と合流した大石倉次郎は相馬主計らと近藤勇に従うこととなった。


駒飼宿とは

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現在の駒飼本陣跡地

甲州街道最難関、笹子峠西麓にある宿場のこと。

現在は峠道になっており民家もほとんどないが江戸時代には本陣*・脇本陣*・旅籠が並び峠の宿場町として栄えていた。

明治期には明治天皇が訪問し休憩をしたようで「明治天皇小御休憩」の碑が立っている。



本陣の隣には脇本陣*もあり、その記念碑も立っている。
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駒飼宿脇本陣

*本陣とは・・現在でいう公務員の為の宿。大名や公務のある武士、公家や天皇が宿泊や休憩をするための場所。管理はその土地の代表が務めていた。
*脇本陣(わきほんじん)・・江戸時代の宿場に設置された本陣の予備的施設。
大きな藩で本陣だけでは泊まりきれない場合や、異なる藩が同じ日に宿泊することになってしまった場合に格の低い藩が利用するなどした。
本陣は原則として一般客の宿泊は認められなかったが、脇本陣は大名・勅使などの利用が無い時には一般客の宿泊に利用された。

アクセス

所在地:〒409-1204 山梨県甲州市大和町日影409 1204
バス:新宿駅から甲府駅南口行 「中央道甲斐大和」下車徒歩約8分
電車:中央線「甲斐大和」下車 徒歩25分

 

参考文献

   

 


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